【2026年8月 追記】
本記事は2020年7月、中印国境での軍事衝突を機にインド政府がファーウェイ排除の検討を始めた時点のものです。その後の経緯を要約すると、インド政府は2021年5月、5G試験からファーウェイ・ZTEを事実上除外し、試験参加を認めたのはエリクソン・ノキア・サムスン・国産のC-DOTのみとなりました。2022年10月にリライアンス・ジオとバーティ・エアテルが商用5Gサービスを開始し、ジオはサムスンの設備と自社開発技術を軸に「中国製部品ゼロ」を掲げるネットワークを構築、エアテルとボーダフォン・アイデア(Vi)もノキア・エリクソンを中心とした体制に移行しています。つまり、当記事が予測した「インドの脱ファーウェイ」は実際にほぼそのとおり実現しました。一方で中印関係そのものは、2024年10月に国境の一部地点(デプサン・デムチョク)での哨戒再開に合意して以降も、2025年8月の王毅外相訪印(中印特別代表会談)や2026年6月のドバル国家安全保障顧問との会談など、外交レベルでの対話は断続的に続いています。ただし、貿易不均衡や国境画定問題そのものは未解決のままで、専門家の間では「限定的・戦術的な安定化にとどまる」との評価が主流です。なお、記事内で触れている中国製アプリ禁止措置(TikTok等)も2026年時点で継続しています。詳しい経緯は本文末尾の追記セクションもあわせてご覧ください。
アメリカ・オセアニア・イギリス・フランスに続き、インドもファーウェイ排除へと舵を切りつつあります。本記事では、インドのファーウェイ排除の中身と、方針転換の背景を解説します。
目次
当初インドは5G通信網からファーウェイを排除せず
2020年前半まで、インドは5G通信網からファーウェイを排除していませんでした。中印関係が良好だったからではなく、自国に5G技術を持たないインドにとって、世界最安クラスで通信網を構築できるファーウェイが魅力的だったためです。
インドは全ての5G開発企業を許可
インドは2019年12月31日に「ファーウェイを含む、全ての次世代通信規格「5G」開発企業に試験運用への参加を認める」と発表しています。
ファーウェイに対してはアメリカから排除するよう求められていましたが、インド政府はアメリカの求めには応じず、2020年前半まではファーウェイを容認していました。
しかし、ここで許可をしたのは5Gの試験運用であって、商業運用ではありません。
安いファーウェイにインドは魅力を感じている
インドがアメリカの求めに応じずファーウェイを容認した背景には、経済的な事情があります。
- インドには自国で5G機器を生産する技術がない
- ヨーロッパ製(ノキア・エリクソン)は割高
- ファーウェイ製は割安
- インド通信各社は経営が逼迫し、価格競争が激しい
割高な機器では価格競争に生き残れないインド通信会社の「割安で調達したい」という思惑から、ファーウェイを容認していました。
ファーウェイはインドにコロナ対策技術を提供
2020年3月、ファーウェイはインドにコロナ対策技術を提供しました。この時点では両者の関係は比較的良好で、ファーウェイにとっては5G技術力のアピールと、新型コロナの「加害者」から「救済者」への印象転換を狙った動きとみられます。
5Gを活用したサーマルイメージング技術を提供
ファーウェイがインドに提供したサーマルイメージング技術とは、移動する物体の温度を遠隔からリアルタイムで正確にモニタリングできるものです。
遠くからでも発熱する人をモニタリングすることができるので、感染拡大に大きな抑止力を発揮し、実際に中国でも感染拡大防止のために使われた技術であるとされています。
インドとの関係構築の戦略か
技術提供の狙いは、新型コロナで悪化したインド国民の対中感情を融和させることにあったとみられます。中印は歴史的に対立してきた間柄であり、関係構築の一環という側面もあったのでしょう。
中印対立|インドもファーウェイ排除へ転じる方向へ
良好だった関係は一転、2020年7月からインドはファーウェイ排除へと方向転換しました。国際的な排除の流れ以上に、中印の2国間関係悪化が主因です。
中国とインド両軍による国境の係争地域での衝突
ヒマラヤ山脈沿いの中印国境は約3千キロメートルが未画定で、両国は以前から係争を繰り返してきました。2020年6月の衝突では45年ぶりに死者が発生し、これを機にインド政府は対中制裁の検討に入りました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 未画定の国境 | 約3,000km(ヒマラヤ山脈沿い) |
| 2020年6月の衝突 | インド側20人死亡 |
| 死者発生の頻度 | 45年ぶり |
| インドの報復検討 | 通信・自動車分野で中国企業を締め出す制裁(ファーウェイ排除を含む) |
インド政府から通信会社へファーウェイ排除の通達
インド政府はインド国営通信会社に対して「4Gのネットワーク更新や5Gの試験で、中国通信機器大手のファーウェイやZTEなどの製品を使用しないよう」という通達を出したと報道されています。あわせて、対中制裁の検討も進んでいます。
- 中国による大型の投資案件を中止
- 中国企業による電動バス・機械関連事業を凍結
- 軍事衝突の可能性も示唆するなど、両国関係は大きく悪化
ただし、インドは新型コロナ不況の中、インド最大の輸入相手国である中国との経済関係を完全に断つのは困難とみられます。どこまで踏み込んだ報復措置を取れるかが今後の焦点です。
ファーウェイはインド進出から20年、現地に約7,500人の雇用を抱えており、通信インフラからの排除はできても、インド国内からの完全排除は容易ではないでしょう。
中国アプリ59種禁止へ
インド政府はさらに、中国アプリ59種の国内利用を禁止しました。TikTok、WeChat(中国版Facebook)、Weibo(中国版ツイッター)、Kwai(TikTok競合)など、日本でもおなじみのアプリが軒並み対象です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| TikTok世界ユーザーに占めるインド比率 | 約3分の1 |
| TikTokのインド累計投資額 | 10億ドル(約1,075億円) |
| ByteDance側の推定損失 | 60億ドル(約6,450億円) |
インド国民も政府のこの決定を概ね支持しており、「通信インフラからもファーウェイを完全に排除すべき」との世論が多数派になっています。
まとめ
インド政府のファーウェイ排除は、国際的な排除の流れというより中印の国境対立が直接の原因です。中国は日本を含む周辺国の多くと国境問題を抱えており、「ファーウェイの技術が自国の情報を盗む」というアメリカの主張とは無関係に、「安全保障で揉めている国の国策企業に自国の通信インフラは任せられない」と各国が考えるのは当然でしょう。中国の姿勢が変わらない限り、ファーウェイ排除は各国でさらに進み、国際的な対中国・対ファーウェイの枠組みができるかもしれません。
なお、この記事の初出時点(2020年)では、日本国内でもソフトバンクなどがファーウェイ製スマートフォンを販売していましたが、その後の状況は下記の追記のとおり大きく変化しています。
【追記】その後インドはどうなったのか(2021年〜2026年)
この記事の初出(2020年7月)時点では、インドのファーウェイ排除は「政府が検討を始めた」という段階でしたが、その後の展開を時系列で振り返ります。
2021年5月、ファーウェイ・ZTEを5G試験から正式に除外
インド政府は2021年5月、5G試験への参加を許可する通信機器ベンダーとしてエリクソン、ノキア、サムスン、そしてインド国産の研究機関C-DOTを指定し、ファーウェイとZTEを事実上のリストから外しました。これにより、記事本文で解説していた「排除の方向性」は、具体的な制度として確定した形になります。
2022年10月、商用5Gがスタート 中国製抜きのネットワークへ
リライアンス・ジオとバーティ・エアテルは2022年10月に商用5Gサービスを開始しました。ジオはサムスンの通信設備と自社開発の技術を組み合わせ、「ネットワークに中国製部品は一切使用していない」とたびたび説明しています。エアテルとボーダフォン・アイデア(Vi)についても、5G展開ではノキアとエリクソンを中心とした欧州製設備が採用されました。両社は過去に4G設備でファーウェイ・ZTEと取引した実績がありましたが、5G世代では調達先が入れ替わった格好です。結果として、記事が当時見立てていた「インドの脱ファーウェイ」の流れは、その後の商用網構築においてほぼそのまま実現しました。
ファーウェイのインド事業は大幅縮小
排除の影響は数字にも表れています。インド法人であるHuawei Technologies India Private Limitedは、企業データベースの登録情報によれば2024年10月時点の従業員規模が一桁台まで縮小したとされ、かつて同社がインドで抱えていた数千人規模の雇用と比べると大きく様変わりしました。売上高についても直近1年間で大幅に減少したと報告されており、通信インフラ事業からの実質的な撤退が進んでいる状況がうかがえます。
中印関係は「限定的な安定化」 国境問題は未解決
2020年6月のガルワン渓谷での衝突(インド側20人死亡)以降、悪化していた中印関係は、2024年10月に国境の係争地であるデプサンとデムチョクの2地点で哨戒活動を再開することで両国が合意し、関係改善の兆しが見え始めました。BRICS首脳会議を巡る協力なども含め、外交・経済面での往来は一定程度回復しています。ただし、これはあくまで実務的な緊張緩和であり、国境そのものの画定や、中国側の非関税障壁による貿易不均衡といった根本的な対立要因は解消されていません。専門家の分析でも「戦術的な関係改善であり、戦略的な信頼回復には至っていない」との見方が2026年時点でも大勢です。
2025〜2026年、外交面ではさらなる関係改善の動き
2025年8月には王毅外相がニューデリーを訪問し、中印特別代表会談(第24回)でインドのドバル国家安全保障顧問と会談、国境画定における「早期の成果」を目指す専門家グループの設置などで合意しました。同時期、中国がインド向けレアアース(希土類)の輸出制限を緩和したとインド地元メディアが報じています。さらに2026年6月には王毅外相が再びインドを訪れてドバル氏と会談し、両国は関係の「段階的な正常化」に向けた進展を確認したと伝えられています。こうした対話再開の背景には、2025年に発足した米国トランプ第2次政権がインドに高関税を課すなどして米印関係が悪化し、インド側が対中関係の立て直しを図っている事情があるとの指摘もあります。ただし、これらはあくまで外交・経済面での雪解けであり、国境画定という根本問題の解決には至っていません。通信インフラにおけるファーウェイ排除の方針については安全保障上の判断として区別されており、2026年8月時点でこの方針が変更されたことを示す情報は確認できていません。
2026年8月、国境実務協議(WMCC)が再開
2026年8月6日、ニューデリーで中印国境問題に関する協議・調整作業メカニズム(WMCC)の第36回会合が開かれました。インド側はスジット・ゴーシュ外務省東アジア局長、中国側は侯艶琪・外交部境界海洋事務局長がそれぞれ代表を務め、2025年8月の第24回特別代表会談の成果を踏まえて、国境画定・国境管理・メカニズム構築・越境協力について詰めた意見交換が行われました。
会合では実効支配線(LAC)沿いの状況が点検され、国境地帯の平和と安定の維持が両国関係全体の発展に不可欠であることが改めて確認されています。またインド側は、越境河川に関する専門家級会合の早期開催と、上流側のダム等の技術情報の共有を求めました。両国はWMCCや現地の司令官級会合といった既存の外交・軍事チャンネルを引き続き用い、誤解や誤算を避けることで一致しています。
もっとも、これも前項までと同じく実務レベルの安定化にとどまります。通信インフラからのファーウェイ排除方針が見直されたことを示す情報は、2026年8月時点でも確認できていません。インドは「トラステッド・ソース(信頼できる調達先)」の認定制度を通じて、5G向け機器の調達先を政府が承認したベンダーに限定する運用を続けています。
中国製アプリの禁止は継続中
記事本文で触れたTikTokをはじめとする中国製アプリ59種の禁止措置についても、2026年時点で解除されていません。インド政府はたびたび再開の噂を否定しており、データプライバシー等への懸念が払拭されない限り禁止が続く見通しです。
2020年の見立てと2026年時点の実際
記事本文(2020年7月)で示した見立てが、その後どうなったのかを一覧にまとめました。
| 項目 | 2020年当時の見立て | 2026年時点の実際 |
|---|---|---|
| 5G通信網からのファーウェイ排除 | 「排除の方向へ」政府が検討を開始した段階 | 2021年5月に試験ベンダーから正式除外。Jio・Airtelの商用5Gは欧州・韓国・国産設備で構築 |
| ファーウェイのインド事業 | 現地に約7,500人の雇用、完全排除は困難とみられていた | 通信インフラ事業から実質撤退が進み、インド法人の規模は大幅に縮小したと報告 |
| 中印関係 | 国境衝突で急速に悪化、報復措置の応酬 | 2024年10月の哨戒再開合意以降、外相往来など対話が断続。ただし国境画定は未解決の「限定的・戦術的な安定化」 |
| 中国製アプリ(TikTok等)の禁止 | 59種を禁止、国民世論も概ね支持 | 2026年時点でも禁止措置は継続中 |
※本記事は2020年7月に公開した内容をもとに、その後のインドの5G商用化・中印関係の推移など2026年8月時点の最新情報を追記して更新したものです。