総務省は昨年、5G技術に係る利活用アイディアコンテストを開催しました。
コンテストには全国の企業や自治体、大学から計735組が参加し、5Gが導く未来のビジョンを示しました。
そして今年、そのコンテストの結果を基に、全国で実証実験が行われようとしています。
この記事では、最新の実証実験が目指すものと、その内容を解説していきます。(全3回+番外編/第3回)5Gが活躍できる分野を探る手助けになれば幸いです。
第3回は畜産、スポーツ、高齢者の見守りでの5G実証実験をご紹介していきます。
目次
酪農・畜産業の高効率化
- 発案者:北海道上士幌町役場
- 技術目標: 屋内において上り平均300Mbps以上の超高速通信を実現。
酪農などの一次産業においては、しばしば知識が言語化されておらず、ベテランの肌感覚を頼りに運営されていることがあります。
しかし、それでは個人の目が届く範囲を超えた経営の拡大ができません。
上士幌町の提案は、5Gを使って大量のセンサーを繋ぎ、ベテランの肌感覚を可視化して、従業員や研修生にも理解できる形にしようというものです。
- 高解像度カメラで牛の様子を撮影して、異常行動を監視する
- 温度や湿度、乳量、糞の状態など、常時センサーで測定する
- 異常行動との相関を計る
といった使い方が想定されます。
この提案は、環境の測定及び監視が主ですが、この分野については、LPWA(低速・超広域・省電力が特徴の通信)と呼ばれる別のサービスも注目を集めています。
LPWAは、福岡の保育園で実証実験が行われ、一定の効果を上げました。
https://5g-media.net/2020/01/21/whatlpwa/
要因が単純で絞り込みができる場合は、コスト面でLPWAが有利なため「どの分野までを5Gで扱うべきか」という点の検証材料としても期待が高まる実験です。
この事業は、とかち村上牧場と、株式会社国際電気通信基礎技術研究所が協力して実施します。
選手と観客の一体感をもたらすスポーツ体験
- 発案者:久保 竜樹
- 技術目標: 屋内において上り平均300Mbps以上の超高速通信を実現
「スポーツを5Gで中継して臨場感を上げる」という広告はよく見ますが、この提案は、その更に先をゆくユニークなものです。
肝になるのは、選手と観客がそれぞれ装着するウェアラブルデバイスです。
観客のウェアラブルデバイスは、声援や怒号、応援グッズを振る速度などを計測します。
応援の熱量を視覚化し、観客同士を共感させ、より強い一体感を作ります。
選手のウェアラブルデバイスは、選手の心拍数などを計測します。
選手の心拍数に合わせて観客のウェアラブルデバイスを振動させ、選手の緊張感を観客に伝えます。
つまり、観客と観客を繋ぎ、更に選手から観客に繋ぐ、というアイディアです。
ここまでならまだ優等生的な発想といえますが、この提案の真に素晴らしい点は、観客から選手に繋ぐ方法まで考えを進めたところです。
選手の使う道具をIoT化すれば、道具に観客の反応を伝えることができます。
つまり、例えば、応援の熱量に応じて反発係数が変わるボールが作れるということです。
ここぞという場面での応援が、精神論ではなく、物理的な作用として選手の力になるとしたら、応援する意味、特にライブ観戦の意味は全く変わってきます。
この事業は、株式会社ジュピターテレコムと、株式会社国際電気通信基礎技術研究所が協力して実施します。
高齢者の見守り・行動把握
- 発案者:SONPOホールディングス株式会社
- 技術目標:複数の基地局、端末を同時に運用しつつ、平均4Gbs以上の超高速通信を維持
介護業界に必要な人手の数は、老人の数に比例します。
難しいのは、団塊の世代が高齢者になったとき、介護職の需要が一気に増えることです。
しかも、団塊の世代が死亡しはじめると、需要は一気になくなります。
つまり、短期的には人を大量に雇用すべきなのに、そうするといずれ余剰人員を抱えることになるというジレンマがあり、特に正規雇用の拡大を難しくしています。
損保ホールディングスの資料によると、2020年時点で必要な介護職員の数は216万人。
実際の介護職員数は203万人です。今の段階で、既に13万人不足しています。
2025年には、必要な介護職員の数は245万人になります。
一方で、介護人材の供給予測は211万人です。
つまり、5年後には、不足は34万人まで拡大する計算です。この場合、現行のシステムでは、100万人の介護難民が発生します。
損保ジャパンは5Gを活用して生産性を上げるとともに、労働環境を改善して人材確保に繋げるアイディアを提唱しました。
自社でケア施設を持っているだけに、提案は細部までよく詰められています。
外出管理
介護施設は、入居者の徘徊を警戒しなければなりません。
勝手に外出されて所在がわからなくなると、管理責任を問われて大問題になります。
ある施設では、高い位置に開閉スイッチをつけ、入居者が自力で外に出るのを難しくしていますが、完全な対策とはいえず、職員にとっても不便です。
この問題に対し、損保ジャパンは、自動的に鍵の開閉を行う、5Gを使った顔認証システムの導入を提案しました。
関係者を識別できる顔認証装置は、セキュリティの向上にも役立つかもしれません。
行動、習慣の把握
高精細カメラにより、共有スペースにおける入居者や職員の動線を可視化すれば、より効率的な人材配置とレイアウト設計の材料になります。
監視カメラを置けない個室でも、トイレのセンサーなどの挙動から、常態的に安否を確認できます。
体調の把握
食事の動作や量、談話室での会話の様子などの映像データを収集、分析すれば、入居者の異常をいち早く察知できます。
感情の起伏や活動量の経年変化を見て、予防・改善プログラムを組むことができます。
個室で日常的に使う道具にセンサーを組み込んで、照明の消し忘れの頻度、リモコンの操作ミスの頻度、就寝中の心拍数などを計測すれば、認知症その他の病気の早期発見に役立ちます。
業務の圧縮
図の通り、介護業務(日中)のうち、最もウエイトが大きいのは入居者の移動介助です
5G制御で自走する車椅子を活用すれば、入居者の移動介助の時間を他の業務に回せます。
損保ジャパンは、職員の負担を軽減しつつ、1施設当たり1名の人員削減が可能だとしています。
介護職の強烈な人材難は、私も行政職員の立場から実感してきました。
徴税吏員として滞納者の給与を差押えするとき、最も雇用主の抵抗を強く受ける業界の一つが介護でした。
曰く「あまりに強烈な売り手市場で、転職先が引く手数多なので、何かトラブルがあるとすぐに辞める。多少問題があっても繋ぎとめておかないと、代わりが見つからない」と。
もちろん、雇用主が拒否しても最終的には差押えしますが、「本人から同意書を取れ」とか「もし辞められたら責任を取ってお前がうちに転職しろ」とか、数えきれないほど怒鳴られました。
人手不足で職員の資質を問えないのは、入居者にとっても、また志をもって務めている大多数の介護職員にとっても、我慢を強いられる危険な状態です。実証実験を踏まえた、一刻も早い実用化が望まれます。
この事業は、SOMPOホールディングス株式会社と株式会社NTTドコモが協力して実施します。